背振ブナについて
まず、背振山のブナについて解説したいと思います。日本のブナクラス域植生面積は全国の33.7%を占めるのですが、このうち九州には1.0%に相当するブナクラス域植生しか残存していません[1]。脊振はその中でも特に狭い植生域で、背振山-金山の県境東端付近に4つの小集団が点在しています[2]。ブナが見られる背振山標高900m以上の植生はミズナラが優先していて、900m以下ではシイ類・カシ類などの常緑広葉樹林となっています。山頂付近には樹齢90~140年程の個体がぽつぽつ見られまして、樹冠はそこまで鬱閉していません。
ブナ林の衰退要因には土壌病害や虫害といった生物的ストレスから気象環境などの非生物的ストレスまで多様です。生物的ストレスとしては背振山山頂付近のブナ林脇に道路および林道が整備されているため、人間が持ち込む菌類に感染して樹冠部に瘤を形成した幹が多く見られます。また、この周辺は登山やトレッキングをする人も多く、踏圧によって浅根性のブナの根に物理ストレスがかかっているものと考えられます。人間もブナにとってはストレス要因なわけです。非生物的ストレスとしては風と温暖化に加え大気汚染と酸性雨の問題があげられます。ブナの枯死・衰退は1980年前後より指摘され始め [3]、大気汚染の影響をはじめとする人間の経済活動に起因する問題が数多く指摘されてきています。背振山の場合、大陸からの越境汚染大気が酸性雨となって降り注いでおり、筆者の過去の調査では背振山頂付近の雨水はpH4.8~5.1程度を観察しました(未発表)。山頂付近ではコンクリートの構造物が溶け出しているところもあり、酸性雨がブナをはじめとする周辺植生に負の影響を示していることは想像に難くないですね。
国内のブナ林衰退地域について調査した数少ない報告[4]においては、背振山ブナ林の目視による衰退度判定では神奈川県丹沢山ブナ林や福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町に跨る英彦山ブナ林ほど衰退は進んでいませんが、「衰退が目立つ状態」であるとされています。山頂付近に自生するブナはそれ以上高標高への逃げ場がないため、温暖化に伴いますます衰退が進んで消失の恐れすらあります[5]。
ブナの種子生産について
ブナの花には雄花序と雌花序があり、まず雌花序に種子をおおう殻斗が5月頃急速に発達します。種子は殻斗内でゆっくり成熟し,9月頃までに大きくなります。種子成熟後の10月過ぎになると殻斗の先端がぱかっと4つに割れて、そこから種子が地面に落下を始めます。8月上旬以降になりますと種子は発芽する能力を獲得して、9月中下旬頃にピークを迎えます[5]。
ブナの開花開始年齢は40~50年で、樹齢100年以上にならないと着果数が多くなる盛果期には入らなといわれています[6]。結実には周期性があり、年によって豊凶状況が変わります。ブナは他の樹種と比べると結実周期が長く、一般的に5~7年の間隔で豊凶現象が現れるといわれていますが、脊振山山頂付近のブナではおよそ4年間隔で豊凶が現れることを確認しています(未発表)。しかし、2005年、2008年の豊作年に林床で確認された種子数は国内他所のブナ林で見られるよりも少数でした。
例えば新潟県苗場山のブナは樹高が20mをこえるのに対し、背振のブナのほとんどは樹高16m以下です。樹齢が若い分個体サイズが小さく、種子生産量が少ないものと考えられます。ちなみに、同じ林分内において個体間で豊凶が完全に一致することはありません。盛果期の個体は1個体あたり1万個以上結実するといわれていますが、これは個体の大きさに依存するからです。成人男性の胸の高さにおける樹の直径(胸高直径という)が30cmのもので平均3,000個といわれており、背振山山頂付近のブナはこれよりも樹のサイズが小さいため、1個体当たり2,000個前後であると推察されます。
種子は脂肪分やタンパク質を豊富に含み、タンニンやサポニンなどの有害物質を含まないことが知られていて、このため、他の樹種の種子と比べると動物や微生物たちにとっては格好の食料となります。実は人間も食べることができます。フライパンで炒って食べるとおいしいのですが、保護育成のほうが大事なので少量ならいいだろうなどとは考えずに食べないでください(だったら書くなというツッコミはなしで)。種子を採取する際は地面に落下してしまうと動物や微生物の食害にあうため、落下開始前に結実個体の樹冠下にシードトラップを設置して採種します。
[Reference]
[1] アジア航測株式会社(1988)第3回自然環境保全基礎調査植生調査報告書全国版. 環境庁
[2] 西尾孝佳・福嶋司(1996)九州地方のブナ林群落における組成分化の機構.植生学会誌.(13)pp:73‐86.
[3] 伊藤進一郎(2002)現在問題となっているブナ科樹木の衰退、枯死. 日本林学会会報:森林科学(35)pp:4 – 9.
[4] 武田麻由子・小松宏昭(2012)ブナ林衰退地域における総合職製モニタリング手法の開発. 神自環保セ報(9)pp:45‐51.
[5] 田中信行・松井哲哉・八木橋勉・垰田宏(2006)天然林の分布を規定する気候要因と温暖化の影響予測:とくにブナ林について.地球環境(11)pp:11‐20.
[6] 橋詰隼人(1987)自然林におけるブナ科植物の生殖器官の生産と散布.広葉樹研究(4)pp:271‐290.
まず、背振山のブナについて解説したいと思います。日本のブナクラス域植生面積は全国の33.7%を占めるのですが、このうち九州には1.0%に相当するブナクラス域植生しか残存していません[1]。脊振はその中でも特に狭い植生域で、背振山-金山の県境東端付近に4つの小集団が点在しています[2]。ブナが見られる背振山標高900m以上の植生はミズナラが優先していて、900m以下ではシイ類・カシ類などの常緑広葉樹林となっています。山頂付近には樹齢90~140年程の個体がぽつぽつ見られまして、樹冠はそこまで鬱閉していません。
ブナ林の衰退要因には土壌病害や虫害といった生物的ストレスから気象環境などの非生物的ストレスまで多様です。生物的ストレスとしては背振山山頂付近のブナ林脇に道路および林道が整備されているため、人間が持ち込む菌類に感染して樹冠部に瘤を形成した幹が多く見られます。また、この周辺は登山やトレッキングをする人も多く、踏圧によって浅根性のブナの根に物理ストレスがかかっているものと考えられます。人間もブナにとってはストレス要因なわけです。非生物的ストレスとしては風と温暖化に加え大気汚染と酸性雨の問題があげられます。ブナの枯死・衰退は1980年前後より指摘され始め [3]、大気汚染の影響をはじめとする人間の経済活動に起因する問題が数多く指摘されてきています。背振山の場合、大陸からの越境汚染大気が酸性雨となって降り注いでおり、筆者の過去の調査では背振山頂付近の雨水はpH4.8~5.1程度を観察しました(未発表)。山頂付近ではコンクリートの構造物が溶け出しているところもあり、酸性雨がブナをはじめとする周辺植生に負の影響を示していることは想像に難くないですね。
国内のブナ林衰退地域について調査した数少ない報告[4]においては、背振山ブナ林の目視による衰退度判定では神奈川県丹沢山ブナ林や福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町に跨る英彦山ブナ林ほど衰退は進んでいませんが、「衰退が目立つ状態」であるとされています。山頂付近に自生するブナはそれ以上高標高への逃げ場がないため、温暖化に伴いますます衰退が進んで消失の恐れすらあります[5]。
ブナの種子生産について
ブナの花には雄花序と雌花序があり、まず雌花序に種子をおおう殻斗が5月頃急速に発達します。種子は殻斗内でゆっくり成熟し,9月頃までに大きくなります。種子成熟後の10月過ぎになると殻斗の先端がぱかっと4つに割れて、そこから種子が地面に落下を始めます。8月上旬以降になりますと種子は発芽する能力を獲得して、9月中下旬頃にピークを迎えます[5]。
ブナの開花開始年齢は40~50年で、樹齢100年以上にならないと着果数が多くなる盛果期には入らなといわれています[6]。結実には周期性があり、年によって豊凶状況が変わります。ブナは他の樹種と比べると結実周期が長く、一般的に5~7年の間隔で豊凶現象が現れるといわれていますが、脊振山山頂付近のブナではおよそ4年間隔で豊凶が現れることを確認しています(未発表)。しかし、2005年、2008年の豊作年に林床で確認された種子数は国内他所のブナ林で見られるよりも少数でした。
例えば新潟県苗場山のブナは樹高が20mをこえるのに対し、背振のブナのほとんどは樹高16m以下です。樹齢が若い分個体サイズが小さく、種子生産量が少ないものと考えられます。ちなみに、同じ林分内において個体間で豊凶が完全に一致することはありません。盛果期の個体は1個体あたり1万個以上結実するといわれていますが、これは個体の大きさに依存するからです。成人男性の胸の高さにおける樹の直径(胸高直径という)が30cmのもので平均3,000個といわれており、背振山山頂付近のブナはこれよりも樹のサイズが小さいため、1個体当たり2,000個前後であると推察されます。
種子は脂肪分やタンパク質を豊富に含み、タンニンやサポニンなどの有害物質を含まないことが知られていて、このため、他の樹種の種子と比べると動物や微生物たちにとっては格好の食料となります。実は人間も食べることができます。フライパンで炒って食べるとおいしいのですが、保護育成のほうが大事なので少量ならいいだろうなどとは考えずに食べないでください(だったら書くなというツッコミはなしで)。種子を採取する際は地面に落下してしまうと動物や微生物の食害にあうため、落下開始前に結実個体の樹冠下にシードトラップを設置して採種します。
[Reference]
[1] アジア航測株式会社(1988)第3回自然環境保全基礎調査植生調査報告書全国版. 環境庁
[2] 西尾孝佳・福嶋司(1996)九州地方のブナ林群落における組成分化の機構.植生学会誌.(13)pp:73‐86.
[3] 伊藤進一郎(2002)現在問題となっているブナ科樹木の衰退、枯死. 日本林学会会報:森林科学(35)pp:4 – 9.
[4] 武田麻由子・小松宏昭(2012)ブナ林衰退地域における総合職製モニタリング手法の開発. 神自環保セ報(9)pp:45‐51.
[5] 田中信行・松井哲哉・八木橋勉・垰田宏(2006)天然林の分布を規定する気候要因と温暖化の影響予測:とくにブナ林について.地球環境(11)pp:11‐20.
[6] 橋詰隼人(1987)自然林におけるブナ科植物の生殖器官の生産と散布.広葉樹研究(4)pp:271‐290.